
束を取り替えている間にモーリスは由美子さんに仕事を言いつけた。その仕事が本当に必要なものなのかどうかが、由美子さんにはわからない。
床下の土の上にビニール・シートを敷き詰めるのがその仕事だ。木には湿気が大敵。床を支える束や根太が常に湿気た状態では腐りが進行し家が傾き、 やがては床が抜けてしまう。湿気が上がって来るのを抑えるためにビニール・シートを敷くのだという。
モーリスに大工の経験があるのは経歴を聞いて知っているが、果たしてどの程度の腕や知識なのか? カナダと日本ではやり方も違うのではないか? という疑問を拭えない。
「これはどうしても必要なのだ」とモーリスに強く言われ由美子さんはしぶしぶ従った。
笹が床下まで侵食し根を張り巡らせている。ビニール・シートを敷く前に、まずこれを刈り払らはなくてはならない。
スキーのゴーグルをつけ、マスクかけて由美子さんはおそるおそる床下に潜り込んだ。
26年間陽の当たらなかった床下は想像を絶する。 膝を立てられる高さのあるところはまだしも、寝室の下は地面に顔をつけ匍匐前進しないと進めない。
蛇の抜け殻にぎょっとし、目の前に転がるネズミの死骸に悲鳴をあげる。 わけのわからない虫が目の前を歩き回る。由美子さんは虫が大嫌い、逃げ出したくなるのをぐっとこらえて鎌で笹を刈るが、この鎌がまたなまくらで切れない。
作業は遅遅として進まない。傍らではモーリスが束を取り替えるのに悪戦苦闘している。それを見ていると投げ出すわけにも行かないが、 (何でこんな事までしなくてはいけないの)と涙があふれ出る。
寝室の奥のほうは匍匐前進も出来ない高さ、精一杯腕を伸ばして必死に鎌を振る。一本の笹を切り取るのにも大変な労力を強いられる。 (本当に必要なことなのだろうか)と疑問を抱きながら床に潜って這いずり回る日々。一日が終わると疲れきり、がっくりして食欲もわかない。 笹を刈りビニール・シートを敷き詰めるのを、2週間近く掛かってなんとかやり遂げた。
ビニール敷きの仕事の合間にもモーリスは次から次へと容赦なく色々な雑用を申し渡す。家作りを共にして初めて知る甘えや妥協を許さないモーリスの厳しい一面だった。
ベランダは南側だけだったが東側にも欲しい。そしていざ出来上がると、どうせなら屋根をかけ、窓をつけてサンルームにしたい。雨の日も洗濯物を干せるし・・・
古い家だけに断熱対策が全くなされていず、冬は外の寒さが家の中にもしのび込む。由美子さんは佐賀県の出身、寒いのは苦手。暖かい家にして上げたい。
床、天井、壁を剥がし断熱材を詰め込んでいくことにしたがこれも結構大変な作業だった。
汲み取り式の便所を水洗式にしたい。風呂や台所から出る雑排水と一緒に処理する合併浄化槽がいる。幸い解体した家の不要になった浄化槽を貰い受けた。 重機を借りて地面を掘り浄化槽を埋め配管する。
写真:パワーシャベルを操作し浄化槽を埋めるための穴を掘る
どんどん戦線が拡大していき、やるべき事が次から次へと増えていく。
電気工事、配管工事、大工工事、内装工事・・・・全ての工事を自分たちでやる、一切人の手を借りずに出来るのも、 モーリスに大工の経験とメカニシャンとしての技術があるからこそである。
その頃の心境を問う私の手紙に対して由美子さんから返事を貰った。
(モーリスに)付いていけるのだろうか? そしてこれから先うまくやっていけるだろうか?・・そんな気持ちでした。一人で黙々と作業をして(私に説明しても事の大変さや重大さが理解できませんでしたから) 困難に当たっても弱音を吐かず何度も何度もトライしている仕事振りを見ていて、ほんとにあの辛抱強さには頭が下がりました。 自分によくここまで厳しくなれるものだと、弱い私はたのもしいと感心すると同時に、果たしてこんなに厳しい人に付いていけるのだろうかと不安にもなりました。 (やはり私にも妥協することを許してくれませんでしたので)。
家の修復工事がまるで延々と続くかのように終わりが見えず、このまま終わりが来る前に、ストレスで二人の関係がダメになるのではないかと思うほどでした。