モーリス 第3回 バンクーバー島の旅
プロスキーヤーへの道は諦め モーリスは放浪の旅へ
期間もいくところもを決めない、きのむくままの旅。
自然の宝庫バンクーバー島
太古の面影を残す
クイーンシャーロッテ島
BC洲内を巡り歩き、これからの生き方を考えた
そしてバンクーバー島のナナイモが気に入りで
ここで腰をおちつけ
大学に入り機械を学ぶ。
そして重機を扱う会社に入り、一旦はまともな勤め人に
そして合気道とめぐり合う
第3回 バンクーバー島の旅
第3回 目次
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聞こえるのは、寄せては返す太平洋の心地よい波音と様々な野鳥の鳴き声。海岸線を見渡すと、
人影のない砂浜が何キロと長大に続き、とてつもなく大きな流木がゴロゴロと打ち上げられ
幾重にも重なっている。浅瀬の砂浜は、干潮になると数百メートルもの幅にもなる。
ここはバンクーバー島の西南に位置する、
パシフィック・リムと呼ばれる原始の姿をそのまま留める海岸公園で、
ここへの交通機関はなく全て徒歩である。
※
図:といっても、バンクーバー島は九州をちょ っと小さく した位の巨大な島である
写真下:
パィック・リム海岸公園
キャンピングカーで移動を繰り返し、登山、馬の背に揺られてのトレッキング、フィッシング、
ロッククライミング・カヌー、海岸洞窟探検と、様々な顔を見せてくれるバンクーバー島の自然を
満喫しながら、モーリスは、この海岸公園の西側、ロングビーチ・ウエストに辿りついた。
太平洋を見晴らすこの広大な海岸公園に魅せられしばらく腰を落ち着けることにした。
原生林のトレイルを歩くと、レッド・シダーやダグラス・ファー等の、時には高さ100m近く直
径5mを超える巨木に出会う。
見上げても先端が見えず、その巨大さに圧倒される。
アザラシ、アシカ、シャチ、クジラのような海獣あるいは白頭鷲やミサゴのような野鳥・・・様々な動物達が生命を謳歌している。ここでは彼らが住人であり、モーリスは彼らの生活を乱さぬよう、片隅にキャンプを張り、住まわせてもらっている。
地図:
バンクーバー島とクイーン・シャーロッテ島

2ヶ月間、来る日も来る日も太平洋を眺めて暮らした。
平和で芳醇な、ゆったりとした生活を楽しんだあと、再び動き出す。このビーチで知り合ったカップルに、「クイーン・シャーロッテが素晴らしいよ、一緒に行かないか」と誘われた。 アラスカとの国境までわずか75kmに位置する、南北約300km、東西約100kmの北太平洋上の島である。
2艘のカヌーを持っていて、1艘を使わせて貰えるという。 願ってもないその提案にモーリスは乗ることにした。カヌー2艘と荷物をフェリーに運び込み、プリンス・ルペの港でフェリーを乗り換えクイーン・シャーロッテ島へと向かった。
地図:入り組んだ険しい海岸線のクイーンシャーロッテ島
氷河期、氷河に覆われることのなかったこの島は、ガラパゴス諸島と同じように、メインランドとは異なる進化をたどり、この島特有の動植物を生み、現在もこの自然の中で生き続けている。
内陸部に深く入込んだフィヨルドの入り江は自然の要砦となり、島のいたるところ美しくも壮大な景観が続く。
モーリスは、そのカップルとカヌーで3週間かけてこの島を巡った後、再びバンクーバー島へ。そしてナナイモの町に辿りついた。この旅でモーリスは、すっかりこのバンクーバー島が気に入り、ナナイモに住んで新しい生活を始めることを決心した。
「これからの人生を、6ヶ月の旅の間ズーット考え続けたわけ?」と聞くと
「いや、旅をしている間は旅のことしか考えなかった。ここに住もうと考えたのは旅が終わる、その最後の一日で決めた」
こうと決めたら一直線に突き進むのがモーリスである。決心した後の動きは素早かった。子供の頃から機械をいじるのが好きで
、機械に関係する仕事をしたいと漠然と考えていた。工学系のカレッジがナナイモにあることを知り訪れると、来週の月曜日が始業式だという。
今日は水曜日、正味4日しか残されていない。
荷物を取りにレスブリッジの実家を往復しなくてはならない事を考えるとギリギリだった。
モーリスはその場で入学の申し込みをした。
写真:ナナイモの街

翌木曜日新聞の貸家の広告を見て1軒に絞り、その家を訪ね契約。金曜日、ナナイモを出発。
フェリーでバンクーバーに
渡りそこからレスブリッジまでの片道約1000キロ近くを、殆ど休まず走り続ける。
土曜日、荷物を積み込み、呆れ顔の家族に慌しい別れを告げ、
ナナイモへと取って返す。
着いたのが日曜日の真夜中。翌日の始業式にギリギリ間に合わせた。
「人生の大事」を決めるのに、時にはこのときのモーリスのように、直感を信じて一瞬のひらめきに任せる場面があるのかもしれない。

勿論その前に無意識の領域で「人生どうあるべきか」と、絶えず自分に問いかけ続ける必要があろう。しかし最後には一瞬で決断する。
必要なのは可能性を信じる精神と、決断する勇気、時には蛮勇、実行するエネルギー、そして何者にも束縛されず、自分の生き方は自分だけで決める、
独立自尊の精神だろうと思う。
モーリスは決断しそして実行した。
ここナナイモで新たな人生をスタートする。
24歳。スキー・バムとして自由きままな生活を送ってきた青春時代とはお別れだ。
勉強と実際の仕事を交互に繰り返しながら資格を取る制度がカナダにはある。まず6ヶ月間カレッジで勉強する。
その後どこかの会社に入り1年働実際に仕事をする。 仕事は自分で探さなくてはならない。学校に戻り1月勉強する。そしてまた1年働く。
それを繰り返して合計5年で卒業し、試験を受けて国家資格を得る。
ヘビーデュティ・メカニック(重機)とウエルディング(溶接)の二つの資格を取ったのと、働いていた会社が途中で倒産し
、代わりの仕事がなかなか見つからず、結局8年近くかかてってしまい、卒業した時には32歳になっていた。 この間ガールフレンドと同棲し、
色々な種類のアウトドアスポーツを共に楽しみ、休みの度に島を旅した。馬は自在に乗りこなせるようになったし、シー・カヤックは教える
資格を取ったほどに打ち込んだ。
そして巡り会ったのが合気道である。
「マーシャルアート(格闘技)には昔から興味があった。だけど・・例えば空手のように、ぶつかり合うアグレッシブなのではなく、
相手の力を利用して戦う
格闘技をやりたかった」。
「どうして合気道をやる気になったの?」 長い間の私の疑問に、モーリスはこう答えてくれた。
ナナイモにある道場で合気道を始めた時のモーリスは30歳。先生はフィリピン系のカナダ人で3段。
5年間続け1級をとった。
ブルドーザーやパワーシャベルなどの重機を修理するのがモーリスの仕事だった。カレッジで学びながら働いた期間を含めると、
10年近くヘビーデューティ・メカニシャンとして働いて来た。
一方で合気道にますますのめり込んでいった。1994年5月、34歳の時、本場の合気道に触れるため太平洋を渡った。
世界中から生徒が集まってくる国際的な合気道の道場が関東にある。(場所は伏せる)
休暇を貰い、5週間ここで内弟子としての修行を体験した。
早朝に起きて道場の隅から隅まで入念に雑巾がけ。質素な朝食を済ませた後直ぐに稽古。昼食。そしてまた稽古。
一日の稽古が終わると、
疲れ果てた体を道場の畳の上に横たえて眠る。時には近くにある滝に打たれる。ひたすら強くなることを願い鍛錬する。充実した毎日。
そんな修行を5週間続けた。
ナナイモの道場とは、技術レベルが段違い、格段に腕が上がったのを実感できた。
帰国して日常の生活に戻り1年半ほど過ぎた。本格的な技術を習った身にはナナイモの道場での稽古はいかにも物足りない。
「もう一度修行したい、今度は出来れば最低でも1年くらいはいたい」
思い切って、1年の休暇を会社のオーナーに申し出ると、「分かった、帰ってきたらまた仕事に復帰したら良いよ」とOKしてくれた。
1996年1月再び来日し内弟子として修行を再開する。
「・・・合気道を7年間続けてきた。本当に面白い。1月27日カナダを発ち修行のため今、日本に来ている。内弟子生活で自由に休みを取れないが、チャンスがあれば会いたい」。モーリスから久しぶりの手紙が届いたのは、日本に来て間もなくの事だった。
写真:鎌倉の八幡宮に案内
ここからモーリスとの付き合いが復活する。鎌倉を案内したり、鼓童に興味があるというので一緒にコンサートに行ったり、湖でカヤックを教えて貰ったり・・・妻の登志子も一緒である。
何事 に対しても 好奇心を持ち、生き生きとして楽しみ、素直にその歓びを表現する。モーリスは最高の遊び仲間であった。彼女も陽気で飾らないモーリスがすっかり好きになり、会えるのを楽しみにするようになっていった。
「内弟子生活は3ヶ月ほどで切り上げて、アイルランドから修行に来ている仲間と共同で道場の近くに家を借りて、そこから通っている」という手紙が来た。すぐにカナダに帰るものと私は思っていたが、どうやら本格的に長居の体制を取り始めたようだ。
モーリスが大きな決断を迫られていたのを後で知った。
稽古漬けの毎日、腕が上がり、合気道の奥深さが分かってくるにつれ、この1年では短すぎると思い始めていた。
「もっともっとこの道場で修業を続けてみたい」。しかし、それが何年になるのか分からない。
8年をかけて得たメカニシャンの資格、積み重ねて来たキャリア、同棲しているガールフレンド、友人達、長年築き上げてきた物全てを一旦捨てなくてはならない。
「それでもやってみたい」とモーリスは強く思い、そして決断した。
決めるまでは悩んでも、決心したら一気に行動する。一旦ナナイモに戻り会社を辞め、医者をしているガールフレンドと話し合い、別々の人生を歩む事を互いに納得して分かれ、借家を引き払い全てを整理した。
真面目に働き続けてきたので、幸い暫く日本で過ごせるだけの蓄えはある。
モーリスは新たな世界、新たな人生へと大きく一歩踏み出した。