
「知らない人がそばで聞いているとはらはらするような、下手をすると相手を傷つけるようなきわどい冗談を、しょっちゅう言い合ってるんですよ。最初はびっくりしました」と由美子さん。いつも何か冗談を言って楽しませようとするのは、飾り気のない、暖かで陽気な、そんな一家の一員として育ったせいかも知れない。
父が大きな建築材料のメーカーに勤めていた関係で、良く引越しをした。カルガリーからバンクーバーへ。
そこらかカナダを横断してオンタリオ州のロンドンへ。
12歳から17歳までは再びカルガリーに住んだ。アルバータ州のレスブリッジで17歳〜18歳の1年だけ過ごし、ここで高校を卒業する。(両親は後にこのレスブリッジを永住の地とする。)18歳〜19歳にかけての1年は再びカルガリー。
聞いていると混乱してくる。要するにB・C、アルバータ、オンタリオの3州にまたがり、広いカナダ国内をあちこちと引っ越して歩いたという訳だ。
住む国に拘らないのも旅が好きなのも、移動を繰り返した子供のころの生活が影響しているのかもしれ
ない。
モーリスには好きなことに出会うと夢中になるところがあり、環境が変わるその時々に、色々なスポーツや遊びに熱中した。
アイス・ホッケーの名プレイヤーだった父の影響で2歳の頃からスケートを始め、アイス・ホッケーのクラブチームに入り練習に励んだ。オンタリオにいた小学校の2年生から6年生にかけてはアイス・ホッケーの他に水泳を熱心にやり「very good swimmer」だった。
カヌー、フィッシング、テニスと熱中の対象が変わり、そしてスキーと出会いのめり込んでいく。
「15歳でスキーを始めたということは・・・・えーと、カルガリーにいた頃ということ?」私はメモで確かめる。
「そう、それについては面白い話があるんだ。高校2年の時の事だった」とその頃のことを思い出したか、目を輝かせて楽しそうにモーリスが話し出したのが、その初めてのスキーのことだった。
400席ほどあるグルメにも人気の大きなレストランだった。同じレストランで働くスキー・バム仲間と一軒家を借りて住み、毎朝車でスキー場へ通って目一杯スキーをし、一休みしてレストランで夜遅くまで働く。そんな日々を繰り返す。 スケジュールは組まない。気の向くまま興味の趣くままに旅をしたい。あえて期限を決める必要もない、心ゆくまで楽しんでこよう。 結局それは、6ヶ月間にも及ぶ長い旅となった
スキー場はさほど大きくはない。当時は、Tバーリフト2本とチェアリフト1本だけだった。しかし、パウダー・トライアングルと称されるカナダ一の豪雪地帯に位置し、隠れた深雪スキーのメッカである。
バンフやジャスパーのような有名なスキー場と違い、ここに集まってくるのはチャレンジ精神旺盛なスキークレージー達ばかりだ。
写真:ファーニーマウンテイン
標高2195mのマウント・ファーニー山頂からの眺めは素晴らしい。ロッキー山脈特有の鋭い岩峰群が目を楽しませてくれる。複雑な地形、変化に富んだ急斜面は、スキーヤーに快い緊張感を強いる。
もう一つの大きな魅力は、山岳スキーが出来ることだった。リフトで山頂に登りゲレンデとは別の斜面を滑り降りる。
次の峰に歩いて登りまた滑る。滑り降りるとまた次の峰へ。これを繰り返す。スキーはツアー用の物を用いる。キャンプを張りながら、何日もかけてツアーをする場合もある。
モーリスが巨大な雪崩に遭遇したのも、山岳スキーを楽しんでいた時の事である。
19歳から始めたこんなスキー・バムとしての生活を、24歳の時に区切りをつける。
5.バンクーバー島への旅
そんなにまで打ち込んだスキーを何故やめたのだろうか?
「スキーで生活することは考えなかった?」と質問する。
「それは真剣に考えた。スキーのインストラクター、スキー・レーサー、いくつかオプションがあったけど・・・・」
しかしいざスキーを仕事として考えると、ためらうものがあった。
手っ取り早いのはインストラクターである。教えるのは嫌いではない。しかし、生徒を相手にしている自分を想像する。気ままに滑りたいという衝動を抑え毎日毎日スキーを教える。若いモーリスにとって魅力のある仕事とは思えなかった。スキー・レーサーも賞金だけで食っていける訳はないし、それに今からでは遅すぎる。
唯一考えられたのはヘリコプタースキーのガイドだった。
ブルーリバー・スキー場という、ヘリコプタースキーで人気のあるスキー場があり、そこで一度体験した。
ヘリコプターに乗り、延々と連なる雪山を眺め下ろしながら一気に山頂へ。スキーを付け,歓声を上げながら深雪の斜面へと飛び込んでいく。素晴らしい体験だった。
しかしガイドに仕事の様子を聞き、その仕事も思うようにスキーを楽しめるわけではなく、いろいろ嫌なことを我慢しなくてはならない事を知った。 写真:バンクーバー島の玄関口 ナナイモ
好きな事を職業とすることは、純粋に楽しむのを諦めることでもある。結局スキーを職業とする道を選ばなかった。
モーリスはスキー・バムとしてのファーニーでの生活を切り上げ、バンクーバー島周辺を旅することにした。まだ渡った事はなかったが、この島には以前から興味があった。
氷河に削り取られた荒々しいフィヨルドの海岸線、無数の島々、連なる山々、巨木の森、湖、急流、海岸に沿って点在する1,000以上の海岸洞窟。鯨、シャチ、そして野生の動物達。・・・トレッキング、ロック・クライミング、カヌー、ホースバック・ライディング等等、 アウトドア派には天国のような島だ。
バンクーバーの港からフェリーに乗り、大小様々の無数の小島を見ながら1時間半ほど行くとバンクーバー島の玄関ナナイモに到着する。島の人口は72万人、大きさは九州より少し小さい。B・C州の州都ビクトリアは島のほぼ南端に位置し、英国調の美しい町並みと温暖な気候故に、定年後の永住の地として最も人気のある街の一つである。
荷物をレスブリッジの実家に預け、持っていたトラックを改造してキャンピングカーを作った。