
しかし大自然はいつも優しく包んでくれるとは限らない。時には獰猛で残酷な顔を見せる。それも突然に。
巨大な雪の壁が押し寄せて来る
山頂から200m位の地点までを滑り下りた時、ゴーというただならぬ響きと共に強大な風圧を感じ取った。
「雪崩だ!」。それも特大のやつだ。信じられないような巨大な雪の壁が押し寄せて来る。
すぐ近くに直径1mはあろうかというスプルースの巨木が立っている。躊躇している猶予はない。モーリスは瞬間的な判断でその大木に滑り寄りしがみついた。次の瞬間雪の壁がモーリスに襲いかかる。
あまりに太過ぎてその木を抱え続けられない。雪の圧力に抗しきれず、
もぎ取られるように巨木から引き離されてしまう。数メートル離れた位置に一回り
細い木が立っている。押し流されながら、モーリスは夢中でその木に飛びつき必死ですがりつく。
気がつくとその木にしがみついたまま、壮大な雪崩の跡を眺め下ろしていた。
それはほんのつかの間の出来事だった。
大雪崩はあっという間に過ぎ去り恐怖を感じる暇もない、あったのは、
ただ死から逃れようとする本能だけ。
死と隣り合わせの経験
偶然すぐ近くにに巨木が立っていなかったら、一瞬でも躊躇したら
、もう一本の木が雪の圧力に抗しきれないような太さだったら・・・・
今こうして生きている可能性は限りなくゼロに近い。
モーリスはまさに生と死の間(はざま)にいたことを悟った。
茫然と雪崩の跡を眺めながらモーリスがその時に感じたのは、
「助かった!」という安堵感と共に、自分が今「生きて在る」ことの実感と沸き立つような歓びだった。
死と隣り合わせの経験をした後でなければ感じ得ない強烈な感情、圧倒的な歓喜。
モーリスは全身全霊で感じ取った。「生きていることは素晴らしい!」と。
写真:弓道は五段の腕前
モーリスが昨年結婚した由美子さんと一緒に、私の事務所を訪れたのは3月12日のことだった。
互いに忙しくて、たまに電話やメールのやりとりで互いに元気でやっている事を確認しあう程度であり、会うのは久しぶりだった。
会わずにいたこの2年ほどの間に、すっかり日本語が上達していた。
由美子さんと一緒の生活をしているせいだろう。
もっともモーリスは英語で、由美子さんは日本語で話すという。由美子さんも英語は流暢に話すのだが、やはり互いに母国語で話すのが楽なのである。
「おかげでちっとも日本語が上達しない」とモーリスは笑ったが、由美子さんと二人で悪口を言っている時、ふと心配になり「今何話していたか分かった?」と聞くとにやりと笑う。しっかり理解しているのだった。
話したい事がいろいろ溜まっていて転々とテーマが変わったが、食事の後雪崩に巻き込まれた話しをし出した時、私は目を丸くして聞き入った。
スキーに熱中していた事は、聞いてはいたが、詳しいことを聞くのは初めてだった。
「スキーを一生懸命やりだしたのは15歳のころからだったかな」
モーリスは一瞬遠くを見る目をした後、当時のことを語りだした。
深雪のメッカ
仕事は夜の7時から1時までの6時間、日中の時間は全てスキーに 費やすことができる。
ルームメイトもレストランで働く仲間も皆スキー・バムである。モーリスがここを選んだのは、
同じような仲間がたむろすることと、ここが深雪のメッカだったからである。
しかし豪雪地帯ということは常に雪崩の危険にさらされるということを意味する。
モーリスは3度雪崩を体験した。
「最初の奴はそれほどでもなかったが、次のが大変だった」。
モーリスは身振り手振りを交えながら話し続けた。
それほど大きい雪崩ではなかったが、完全に雪に埋もれてしまった。
上を見るとほのかに明るみが見える。幸い、それ程深くないらしい、表面まで60〜70cmほどだろうか。
必死で雪を掻いて撥ねのけ、空気は吸えるようになった。しかしその後が大変だった。
体が捩れ苦しい姿勢、スキーを付けているので身動きが取れない。
少しずつ、少しず つ周囲の雪を取り除き、掻き出し、もがきにもがいてスキーを外し、
1時間半もの悪戦苦闘の末やっと脱出できた。
そして3度目が大雪崩だった。
木に残された雪崩の爪あとから規模を判定し、雪崩はNo1からNo4まで4等級分けられる。
モーリスが遭遇したその雪崩はNo4、厚さ4mもの最大級のものであった。
「映画でいうと、雪に埋まったのが超スローモションなら、大雪崩はあっという間の出来事、駒落としだった」
最大級の雪崩からの生還、そしてこの脱出劇。
この雪崩にしても、もしもう少し深くまで埋まっていたら、果たして脱け出せたかどうかは分からない。
「death is always over your right shoulder」
(死はいつでもあなた の右肩の上にある) モーリスはこんなことわざを教えてくれた。
今生きているのが奇跡、と思えば、改めて与えられた命「一度しかない人生、好きなことを追い求めて生きていこう」とモーリスが思うようになったとしても不思議ではない。
「ということは、ログ・スクールに参加した前後はスキー・バムだったわけか。何でログを習おうと思ったの?」。21年前のことを改めて聞いてみる。
「もともと家作りに興味があり、いずれログハウスを建てて住みたいと思っていたから」だという。
ログハウスを建てる計画で参加したログ・スクール
家に帰って当時の日記を読み返してみた。
ログ・スクールを離れ、モーリスの車に便乗させてもらい、エド・キャンベルのもとへと向かったあの日。
「車のなかでいろいろ話しをした。21歳の割には何となく落ち着いていて貫禄めいたものがある。
それでいてユーモアがあり、一緒にいて も気詰まりしない」。・・・・・
「何を食べたせいなのか、二人とも何度もおならをし、その都度あわてて窓のハンドルを回して空気を入れる。同時に窓を開けたのが二回。これには二人とも顔を見合わせて大笑いしてしまった」
こんな他愛のないエピソードに続けて、
「かなり大きなログハウスを建てる計画で、いろいろアイデアを溜めている。 (特殊な工法を考えている様子)」
と書いてあったから、真剣に考えていたのだろうが、モーリスがカナダでその目的を果たすことはなく、結局その希望は形を変えて20年後の日本
で果たすことになる。