ログハウスの家造りを支える仲間たちの紹介
キャンベルシダーハウスとは
ログハウスHOME > キャンベルシダーハウスとは > ネットワーク

ネットワーク

日本各地で活躍するログハウス作りスクールの卒業生や、ログハウス・フォーラムのメンバーたち。
そして、カナダのログハウス造りの仲間たち。
フロンティアワールドの信頼と実績・幅広いネットワークをご紹介いたします。

ログハウス作りのカナダの先駆者エド・キャンベル

ログハウスの輸入
エド・キャンベルと三浦の共同作品。1984年当時としては日本最大のログハウスであった

日本の雑誌に5回に渡って自伝が掲載された
日本の雑誌に5回にわたって自伝が掲載された(翻訳三浦)

エド・キャンベルの作品
エド・キャンベルの作品(アメリカ)

カナダログハウスの父

1983年、三浦がログハウス作りを教えるカナダのログハウススクールに参加したときに知り合って意気投合、それ以来、多くのログハウスの建設に協力している。三浦との長年の交流を通じて深い信頼関係を築いてきた。

エド・キャンベル プロフィール

ログハウスの現代の父と称される、1938年、カナダ・オンタリオ州出身。カナダの著名なログビルダー。日本の雑誌にも数多く紹介され、その作品はカナダはもとより日本、アメリカ、ヨーロッパと世界各地に存在する。世界のログハウスファンの憧れの的。

ログハウスのファンにも、日本の雑誌にも数多く紹介され、彼に憧れるビルダーは多い。
ログハウスの雑誌に紹介された記事「これがカナディアンだ」に詳しく掲載されている

ログハウス・プランという雑誌に連載したエドの自伝をもとに、三浦が纏めたエッセイ「エド・キャンベル」(1)(2)(3)をお読みください。(当ホームペイジ図書館にあります)

キャンベルシダーハウスの共同開発

ハンドカットのログハウスの会社を息子のブライアン・キャンベルに受け継がせたのち、長年暖めていた新しいタイプの家を日本で実現すべく、(株)フロンティアワールドと提携、共同で開発。

1992年、第1号を愛媛で建設したときは、延べ40日間現地に滞在。三浦と共に現場の指揮を取った。
シダーを多用することと、最初のアイデアを考え出したエド・キャンベルに敬意を表し「キャンベルシダーハウス」と命名。以後(株)フロンティアワールドのために多くの家を供給してきた。

人となり

頑固一徹の職人気質

インディアンの血を引くことに誇りを持ち(父方の祖母はイングリッシュとモホーク・ネイティブ・アメリカンのハーフ)、ネイティブ・アメリカンと日本人の血は遠い昔にはつながっていると信じ、その故もあって大の日本びいき。いず

れ日本に永住することを夢見ている。趣味はカヌー(製作と漕ぎ)、根っからのナチュラリストである。


ブライアン・キャンベル

ブライアン・キャンベル

16歳のころから父の仕事を手伝い、ログハウス作りに関して一流の技術を身に付ける。8年前、父の会社を受け継ぎ、発展させている。フロンティアワールドのログ部分を供給。

ログハウスの作業場 チェーンソーワークの名人芸を披露 (中央写真)
ログハウスの作業場
(右写真)
1991年ログハウスの国際会議に父の代理で出席。会議後のアトラクションで、日本のビルダーたちにチェーンソーワークの名人芸を披露

ビル・ワイヤット

ログハウスの図面を前いにビルワイヤット
図面を前に。ビル・ワイヤット(左)とブライアン(右)

エド・キャンベルの創業のころからのスタッフ。超一流の技術を持つビルダーであると共に、カナダでも有数のクラフトマンでもある。自分の工房を持ち、優れた作品を生み続けている。

ログハウス作りの必須アイテム、チェーンソーワーク ビル・ワイヤットの作品 (中央写真)
ビルのチェーンソーワークは名人芸である
(右写真)
ビル・ワイヤットの作品

ジョン・ウェイン&シェリー親子

エドとジョン・ウェイン
山梨の現場で。エド・キャンベル(右)とジョン・ウェイン(左)

ログハウスを作り続けたエド・キャンベルの弟分的な存在、ジョン・ウェイン。シダー・プロダクト社の元社長(現在は娘のシェリーが会社を受け継いでいる)。長年、エドにシダー製の扉・窓を供給し、ログハウス造りに協力してきた。

シダー・プロダクト 社は、その名の通りすべてシダーを使用することをポリシーとして、扉・窓・家具などを専門に製作してきた会社である。

カナだの工場 カナダ工場内部 (中央写真)
シダー・プロダクト社の外観
(右写真)
日本に送り出されるキャンベルシダーハウスの部品が所狭しと並ぶ



三浦雄一郎   

エベレスト滑降の練習

三浦雄一郎

三浦雄一郎

エベレストからスキー滑降という大事業を成し遂げる。以後、スキースクール、スキー場設計、スキーツアーなどのスキービジネス、出版、映画制作、各種イベントの企画や子どもの冒険学校などを通して築いた幅広い人脈が、日本のログハウスを広めるうえでの土台となっている。

三浦雄一郎の軌跡

1932年 青森県に生まれる
1964年 イタリア・キロメーターランにて、172.084km/hの世界新記録
1966年 富士山直滑降(パラシュート使用)
1966年 オーストラリア最高峰、コジアスコ山(2,245m)滑降
1967年 北米大陸の最高峰、マッキンレー(6,194m)滑降
1970年 エベレスト・サウスコル(8,000m)より直滑降
※"THE MAN WHO SKIED DOWN EVEREST"長編記録映画部門でアカデミー賞受賞
1978年 北極最高峰バーボーピーク滑降
1981年 アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ(8,895m)親子三代で登頂
1983年 南極最高峰ビンソンマッシフ(5,140m)滑降
1985年 ヨーロッパ大陸最高峰、エルブース(5,633m)登頂およびスキー滑降
1985年 南米大陸最高峰、アコンカグア(6,959m)滑降。世界七大陸最高峰滑降樹立
2003年 次男豪太と共に、エベレスト登頂に成功。70歳での登頂は最高齢登頂記録である。2008年、75歳での登頂を目指して訓練をつみ重ねている。
2008年 75歳での再度エベレスト登頂を目指し目下次男豪太と共にヒマラヤ山中。チベット問題勃発急遽予定を変更ネパール側よりのアタックに変更を余儀なくされた

フロンティアワールドの家 ラインアップ 

ハンドカットのログハウスからコンクリートのマンション、一般住宅まで。
フロンティアワールドの「家」のバリエーション

ハンドカットのログハウス
マシンカットのログハウス ポスト&ビーム 別荘
ハンドカットのログハウス
マシンカットのログハウス ポスト&ビームのログハウス 2×4工法とログハウス
山中湖の別荘 ラウンジ 住宅 マンション
2×4工法 大規模ログハウス 一般住宅

RC(鉄筋コンクリート)


ページトップへ