チャーリー・ショップでの、開拓者自体の香りを残す
ランバージャック(キコリ) たちとの交流
チェーンソーの愛機ジョンサード
3年後のチャーリーとの涙の対面
第1回 ログビルダーの冬と春
第2回 コミュニテーに溶け込む
第3回 スコッッチクリークの夏
第4回 ログビルダーへの憧れ
第5回 開拓者の末裔たち
第6回 ログハウスを造るということ
第5回 目次
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1.チャーリー・ショップ
ランバージャックたちと「俺たちが子供のころは、40ft も50ftもあるトレーラーにレッドシダー(米杉)やダグラスファー(米松)の大木がたったの一本しか積まれていない、そんなトレーラーがこの町を通り抜けていくのをよく見たよ。それがどれほどの大木か、想像ができるだろう?」
30歳後半の、髭もじゃで、油と汗にまみれた大男のランバージャックがそう言った。
「何言ってんだ。俺達はそんな大木を探し求めて山奥へ入り、こぞって切り倒していたんじゃ。だがそんな大木は、もうとっくに無くなっちまったがね。出てくる木は年々小さく細くなってゆく」
60歳近い、今はもう引退してしまった古いランバージャックが、そう 言い返した。
怪我する確立の高い職業は
「リュウイチ、チェーンソーを使う仕事で、一番怪我をする確立の高い職業はなんだか知ってるかい?」
別のランバージャクが話しかけてきた。
「多分想像できると思うが、もちろん君たちログビルダーなんかじゃない。俺達ランバージャック、樵だよ。チェーンソーで手を切ったり足を切ったりする。そんなドジなやつはめったにいない。立ち木をチェーンソーで切っていくと、木の重みでチェーンソーのバーが木に食い込んでしまい、抜けなくなっちまうのさ。
いくら注意しても、どんな経験を積んでも、そうなっちまうことがあるのさ。そのまま木が倒れてくると、まず、チェーンソーが壊れてしまう。 高い高い木を倒すとき、倒れてくる木の下敷きになって死んでしまうやつはまずいないが、それでもけが人が一番多く出るのは、大木が倒れてくる瞬間なんだな。
木が高ければ高いほど、倒れた地形が悪ければ悪いほど、太い幹や折れた枝が、誰にも予想できなかった方向へ跳ね返り、その衝撃で弾き飛ばされた岩や土の塊が仲間を傷つけるのさ」 年とった樵が、そう言った。
賑やかな、小さなガレージ チャーリー・ショップ。
ワイワイ、ガヤガヤと賑やかな、小さなガレージ。ここはチャーリー・ショップ。
夕方近くなると、山から下りてきた地元の樵たちが、自分達のチェーンソーを持って集まってくる。
誰が持ち込んだのか、いつの間にか各自ビールを飲みながらチェーンソーをチューンナップしたり、手入れをしたりしながらおしゃべりに興じている。ここは樵たちの集まるガレージ。品良く表現すれば、彼らの社交場、悪くいえばただの溜り場なのである。
このガレージの主チャーリーは、若い頃交通事故を起こし下半身が全く動かない。
車椅子に乗っての生活である。もちろんガレージで働くときも車椅子に乗ったままだし、私たちのチェーンソーを修理する時も車椅子に乗ったままだ。
エドの作業場でその日の仕事が終わると、私たちもチャーリー・ショップへ行く。
調子の悪くなったチェーンソーをもっていくこともあるのだが、別に理由が無くても、6本パックのビールを片手にぶら下げ、ただ何となく寄ってしまうこともある。そして何時間も居ついてしまう。
下半身の動かないチャーリーにとって、重いものを持ち上げたり移動させるのは不可能に近い。だからいつの間にかチャーリーに代わって、私たちがそんな仕事を手伝ったりしている。
機械いじりに慣れていない私たちの傍らで、車椅子に乗ったチャーリーが、「これはボートのエンジンで、ここをこう直す、この部品を取り替える、このビスで調整する、仕組みはこうなっている」などとのたまい、気がつくと、私や樵が汗と油にまみれてボートや芝刈り機を修理している。そのうちチャーリーの奥さんのブレンダが声をかける。
「リュウイチ、夕食のサンドイッチが出来たわよ。少し休んだら?」もちろん私は、ただのお客なのだ が・・・。2.チェーンソーの愛機ジョンサードの670スーパー
ある日チャーリーがこんなふうに言った。
「私がリュウイチのチェーンソーを修理すれば、工賃を請求しなければならなくなる。だから、ここでなるべく自分で修理すること。わからないときは聞くこと。必要なときは手助けを頼むこと。購入しなければならない部品はマイクロフィルムに入っているリストから選んで番号を注文すること」
いつしかそれが、私とチャーリーとの取り決めになってしまった。
ジョンサードの670スーパー
エドのワークサイトで働き始めて半年ほど経ち、やっとこの町にも慣れてきたころ、私のスチール038というチェーンソーが壊れてしまった。
写真:これはスチールというドイツ製のチェーンソー
振動も少なくて気に入っていたのだが、まったく動かなくなってしまった。
それどころか、スターターのひもを引いても、ピストンがピクリとも動かない。シリンダーに亀裂が入り、シリンダー自体が完全に割れ、脱落してしまっていたのだ。
当時としては大分思い切らねばならなかったが、チャーリーに頼んで、分割払いで新しいチェーンソーを買うことにした。
現在日本に輸入されていない、ジョンサードの670スーパーという、真っ赤なボディに黒いカバー、
ラップハンドルに16インチバーという代物である。
分解してチューンナップ
そんな話を耳にしたチャーリーは、その新品のチェーンソーをバラバラに分解してチューンナップしてしまった。今思えば、何日もかかったのだと思う。
当時私たちが住んでいたトレーラーハウス(チャーリー・ショップから200mぐらい離れていた)まで、森を縫って、夜遅くまでチェーンソーを空ぶかしする音が届いてきた。
1週間くらいして、ついに大型のキャブレターを積んで、吸・排気効率を大幅に向上させたチェーンソーが完成した。こいつは驚くほど調子がよかった。力強く、快適にログを刻んでいく。
ただし、おそろしく燃費が悪く、おまけに排気効率を上げるためにマフラーにも細工をしてしまったために、音がとてもうるさかった。だから他のビルダーたちから「リューイチが刻むログは遠くへ持っていってくれ。だって普通のチェーンソーより3倍はうるさいから」と言われた。でも私は、そのチェーンソーがとても気に入っていた。
3.3年ぶりにチャーリー・ショップを訪ねる
今ではチェーンソーを使う機会も以前よりずっと減ってしまったが(小型のチェーンソーは内装工事でよく使うけれど)埃をかぶりながら私の倉庫では、あの赤いボディのジョンサードは今もじっと出番を待っている。ここ何年かはエンジンをかけることもなくなってしまったけれど、チョークをいっぱいに引いてアクセルロックをかけ、スターターを二、三度思い切り引いてやれば、670は確実に目覚めるはずだ。
あの排気音が、そして堅木でもものともせずに刻んでいくあの力強さが、今も私の心を惹きつけてやまない。
その排気音に合わせて、リズムに乗りログを刻んでいく。気持ちのいいペースで切れていくのは、その670のおかげである。作業性も確実に向上したのだと思う。そんな私の大切な愛機なのである。
カナダを離れてから3年ぶりの‘95年夏、エドのワークサイトを借りて、私はログの刻みを行った。
仕事を終えて何の前触れもなくチャーリー・ショップにブラリと入っていった私を見つけたチャーリーは、涙で濡れた顔をくしゃくしゃにして、車椅子を転がして私に抱きついてきた。
事故の後遺症で、体が少し小さくなったように見えたチャーリー。今も元気だろうか。きっと今年も樵たちで賑やかなショップで、楽しいクリスマスや新年を過ごしたことだろう。