ログビルダーとして約3年半の間エドの元で働いた
平川隆一の、詩情あふれるエッセイ
(ログハウス・プラン誌に連載)
第1回 ログビルダーの冬と春
第2回 コミュニテーに溶け込む
第3回 スコッッチクリークの夏
第4回 ログビルダーへの憧れ
第5回 開拓者の末裔たち
第6回 ログハウスを造るということ
1 第1回 目次
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ログビルダーの冬の仕事と生活
多分それは私にとって、とても幸福なことだったと思います。
私は1989年の春から92‘年の夏までの約3年半の間、カナダの片田舎で生活した経験があります。
湖のほとり、深い森に囲まれた、警察も病院も銀行もない、 町というにはあまりにも頼りない
スコッチクリークというところで、私は念願のログハウスを刻みながら 、素朴な人々と生活をともにしました。
前の年の春から、暇をみつけては拾い集め、割り、蓄えておいた薪もそろそろ底をつきそうになったころ、
ここスコッチクリークにも、やっと春の足音が忍び寄ってくる。
10月の終わりに、近所の子供達が、魔女に なったり、お化けに扮したりして、 各家庭を回ってはキャンデーをねだる祭ハロウィーン、 そのハロウィーンが終わりを告げるころ、 雪は音もなく降り積もる。
やがてその雪の重みにたえられなくなった木々の枝を、かすかな音をたてて滑り落ちる粉雪。 思い出したよう に起こるその音だけが、森の中に響き渡る。
雪が降り強い風が吹くとログワークは中止
湖は凍てつき、湖面を渡る風は、頬に冷たく突き刺さる。
冬のわずかな短い日照時間の中で、私たちはただ無心に
ログを刻み続ける。
雪が降り強い風が吹くと、オーナー自慢のタワークレーンも風下を向いたまま動きをとめてしまう。
ベルトが空回りして、 風にさからってブームを回転させることができなくなると、私たちはチェーンソーを止め、ログワークを中止して家路を急ぐ。
飲み干す一杯のコーヒーが、私たちの冷え切った体を温める
暖かい部屋にもどり、飲み干す一杯のコーヒーが、私たちの冷え切った体を温め、そして和ませてくれる。ただ長く厳しい冬に慣れていない街の人々は、ひたすらじっと、家の中で耐えてみる。
春が来る前に無駄な力を消耗してしまうことのないように。
薪ストーブの火を、決して絶やすことはない。寝室や居間が冷え切ってしまうことのないように、
そして人々の心が冷え切ってしまうことのないように。
マイナス50度まで刻まれる寒暖計の目盛り
ある冬の寒い朝、空は雲ひとつなく晴れ渡り、優しい太陽の光りが注ぎ、地平線のかなたまでも視線が届きそうな、そんな日は、
決まって気温は氷点下30度を下回る。
そして街は、きらきらと輝くダイヤモンドダストに包まれる。
以前スチールのチェーンソーを買ったときにもらった寒暖計の目盛りがマイナス50度まで刻まれていたことに、改めて納得する。
ストーブで暖められた部屋から一歩外へ出ると、キンキンと音が響き渡るほど冷え切った大気の中では、
放射冷却によって体はもちろん、
時には心まで凍りつきそうになる。
リスもきっとどこかで眠っているに違いない。
動物たちもきっとどこかに、ひっそりと身を隠しているのだろう。
庭先にある、収穫間近な私の小さな野菜畑を荒らしまわっていた鹿たちの姿も見かけなくなった。
よくハイウエイのそばまで出てきたブラックベアの親子も、私の家の屋根を駆け回っていたリスも
きっとどこかで眠っているに違いない。
近くの峰からコヨーテの、甲高い尾を引くような長い叫び声が聞こえてくることがある。
「あれは、気圧の変化を感じて、天候の急変を仲間に知らせているのさ。きっと大雪になるに違いない。
さあ、今日はこれで帰ることにしよう」 インディアンの友人が言った。
道や庭先に積もった雪を除雪すること、暖房の薪を絶やさないこと、笑顔を忘れないこと、そして自然の摂理に逆らわないこと・・・。 ここで冬をやり過ごすための、いくつかのとても大切なことである。
春の訪れ
年が明け、三月になると、めっきり日脚も伸びて来る。と同時に太陽も力を取り戻したかのように、 日差しが強くなってくるのが感じられる。屋根の雪も道端の雪も、日増しに低くなってくる。 雪解けの水でワークサイトも森も公園も泥でぬかるみ、しばしば私たちの作業の手を止める
もう手の届くところまできている春の訪れを人々はじれったそうに待っている。森の中では動物たちも植物も、山や川も、 息を潜めて起きだす時を待っている。
嬉々として人々が活動を開始する
暖かさが戻ると、人々は一斉に外に飛び出す。冬の間に蓄えておいたエネルギーを一気に発散させるように、太陽の元へと。
これからの半年間、外に向かって人々は活動を始める。日照時間の長い、カナダの春から夏の一日を、
人々は寸暇を惜しむかのようにエンジョイする。動物たちも冬眠から目覚め、森の中にも、にわかに活気が戻ってくる
。静の世界から動の世界へと移行する瞬間。
レッドシダーの大木が、大きく伸びをして、枝々に残る雪をふるい落とす。
まるで「たったいま起きました」と言わんばかりだ。