
ログハウスを造りたくて仕方がなかった。丸太と丸太の重なり合うログの刻みをマスターしたかった。
あの、一見無骨な原木たちが、チェーンソーで刻まれ、積み重ねられ、姿を変え、いかにも力強い、ごつごつとしたログハウスに仕上がってゆく。時には、丸みを帯びた、優しく美しい女性のような雰囲気をかもし出す建物に化けてしまったりもする。
私は、いつかそんな不思議なログに魅力のとりこになってしまっていた。少しずつふくらみ、日増しに大きく
なっていく。 私のこの想いをどうしても抑えることができなくなってしまったとき、私は無心でログを刻むことのできる場所を求めて、カナダへ行く決心をしたのだった。
中学生の時、叔父、叔母に連れられて山登りを始め、高校に入学すると迷わずに山岳部に入部した。国内各地の山々に登り、いたるところにある山小屋を訪れては、その脇にテントを張った。そのころからである、私は山での牧歌的な暮らしにぼんやりとした憧れを抱き始め、ログキャビンでの暮らしを考えるようになったのだった。
山小屋のイメージ
木々に囲まれた狭い平坦地に建つ、または森林限界をこえ岩陰に密生するハイマツと並んで建つ、小さな隙間だらけの、質素というよりは殆ど粗末に近いログキャビン。
その中で、火をおこし、寝袋にくるまり、潰れて少し形の変わってしまった愛用のホーローカップに注がれたウィスキーを回しながら仲間と語り合う。もしくは、一人静かに物思いにふけったりしてもいい。
そんなことの許される、私だけのとっておきの場所。
窓は、勿論木製サッシなどあるわけもなく、つっかい棒をして押し上げるような、ただの明り採り。屋根はシダーシェイクではなく、杉の木の皮、リージェンシーやバーモントキャスティングの薪ストーブの代わりに、石で囲っただけの囲炉裏。
これが、当時、私が漠然と思い描いていたログキャビンでの情景である。それは、現在のように立派に建
つ住宅としてのログハウスとは、まったくといっていいほどかけ離れたものであった。
念願の労働許可を手に入れる
そこでわたしは、エドからの手紙も書類も何一つ持っていないことに気付いた。
一体誰に何といって説明すればよいのだろう?きっと長い間待たされた後に面接があり、履歴を聞かれたり、ログハウスの説明をさせられたり、ログビルダーとしての経験を問われたりするに違いない。
私は内心、憂うつで仕方なかった。
受付へ行き、どうしたものかと考えていると、労働許可の申込書が目についた。
そこで、さっそくそれに記入して窓口に提出し、手数料としてUS42ドルを払った。
すると、女性係官が、やけに優しく言った。
「名前が呼ばれるまでそこで待っていてくださいね」
ベンチで待っていると、別室から声がもれてきた。どうやら誰かが面接を受けているらしい。
「あなたはダメ、絶対にダメです!もう二度とカナダには入国できません。
すみやかに自分の国へ帰国しなさい」
それを聞いて、私の緊張感はいやが上にも高まった。ここは何て感じの悪い所なのだろう!
30分も待ったころ、人込みでごった返す移民局の窓口から、私の名前が呼ばれた。ついに始まるのだ。
私が緊張した面持ちで窓口に座ると、さっきの女性係官があくまでやさしくほほ笑みながら、ガラス窓越に私に言った。
「ミスター・ヒラカワ、すべての手続きは完了しました。これがあなたの1年間有効の労働許可証です。
ここにサインして、そしてカナダ入国の際にこの書類を入国審査官に渡すように。
そこでビザが発行されます。延長する時は、最寄りの移民局で申請してくださいね。
では、よい旅を。グッドラック!」
手続きは全てが完了していた。面接も何も行われなかったのだ。
それどころか、ただのひとつの質問も受けなかった。
どのログメーカーの担当者に相談してみても、労働許可なんて取れやしないよ、そういわれ続けていたその労働許可証を、ついに手に入れたのだ。
手渡された封筒を握りしめ、私は思わずニコッと笑った。ここは、結構良い所じゃないか!
それにしても、こんなに簡単に取得できるとは、エドとアイリーンは一体全体どんなアレンジをしていてくれたのだろう。
それは今でも私にとって、少し不思議だ。
国境を越えて
国境の町で、ポンコツの愛車にアメリカの安いガソリンを満タンに入れた。
国境を越え、入国審査官にワーキングビザを発給してもらい、カナダのハイウエイを、一路バンクーバーへと向かう。
高速道路の速度標示が合衆国の55マイルから100キロ標示へと変わった。
それを見たとき、ログビルダーとしての新生活が、この国カナダで、たった今、この瞬間から始まるのだなと私は実感した。気持ちが躍るようだった。
オフィスで待っていたエドは、にっこりと笑い、”Welcome to my company” と言って私の肩を軽く叩いた。
アイリーンは私に抱きつき、「よかったね」と言った。
フローレンスは「おめでとう」と言ってくれた。
こうして、私は晴れてログビルダーとしてログワークに参加するようになったのである。
これで思う存分、念願のログを刻むことができるだろう!