桜といちょうの並木がある閑静な住宅街。
小田急線で新宿へ15分という交通の便利さや、おしゃれなお店がたくさんあることで人気がある高級住宅地である。
芸能人をはじめ著名人が数多く住むことでも有名。
1925年に学校法人「成城学園」がこの地に移転し名前の由来となった
1.成城学園の歴史
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成城学園駅 北口 |
■1925年に学校法人「成城学園」がこの地に移転し、同時に周辺は住宅地として整備が行われた。
■1927年には小田急線が開業したことで、「成城」という名称が定着し、アカデミックな学園都市として注目を集めた。
■この地を終の棲家とした民俗学者・柳田國男が街づくりに関与し、昭和48年には「民俗学研究所」が設置された。
現在も民俗学研究のトップレベルの機関として知られている。
2.成城学園 (一貫教育体制)
■街の名前の由来となった成城学園大学。
広々とした成城キャンパス内には、4学部11学科を有する「成城大学」をはじめとして、
附属の高校・中学・小学校、さらには幼稚園まで併設されてる。
■エスカレータ式の一貫教育が人気を集め、富裕層の子弟が通う学校としてのイメージが強く
、その知名度は全国区となっている
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成城学園大学 |
成城学園中学 |
3.成城学園の地形と街の雰囲気
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国分寺崖線 |
■東に仙川、西に野川が流れ、台地状の土地に街は広がる。また、西に国分寺崖線、神明の森みつ池がある。 住居表示としての成城は、小田急小田原線の成城学園前駅を中心とした約68万坪(225.9ヘクタール)に及ぶ地域である
■多摩川の流れが数十万年掛けて作り上げた、高低差のある崖が続く「国分寺崖線」。武蔵村山市から田園調布まで続くこの崖は、現在も豊かに自然を残している。
■成城と喜多見の間を通る国分寺崖線付近には緑のスポットが充実、その代表例である「成城三丁目緑地」には自然林が豊かに残っています。園内には2箇所の湧水地があり、動植物も豊か。
街のいたるところで整備された桜やイチョウの並木道は、このエリアを象徴する風景として親しまれている。
4.成城学園に住む著名人、有名人
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東宝撮影所 |
映 画
■1932年に東宝撮影所ができてからは、黒澤明、市川崑、本多猪四郎、志村喬、三船敏郎、加東大介、加山雄三、石原裕次郎、宇津井健、有島一郎、藤田進、司葉子、深作欣二、大林宣彦らが居住するようになった。
■また、映画産業と関係が深い芥川也寸志や松村禎三、小澤征爾のよ うな音楽家も住むようになった。
■現在も「東宝スタジオ」があり映画の街としての側面がある。過去には黒澤明・三船敏郎を始めとして、多くの映画スターがこの地に居を構えた。特に映画界・芸能界では成城に住むことが伝統的にステータスとなっているようで、現在でも多くのセレブがこの地に住んでいる。
文化人
北原白秋や大岡昇平などの文化人が多く住んだことにより、成城はアカデミックな雰囲気をたたえることとなった。
当初は、柳田国男、野上弥生子、後に、大江健三郎、大岡昇平、川上宗薫、中河与一、水上勉、横溝正史らが移住し、文士村の様相を呈していた。
4.成城学園の邸宅・豪邸
5.成城学園 旧猪俣邸
成城5丁目に「旧猪俣邸」がある。
一般公開中なので成城学園全体の雰囲気を知るためにも見学すると良い
(財)労務行政研究所の理事長を務めた故・猪股猛氏ご夫妻の邸宅として建てられた武家屋敷風の趣がある数寄屋造りの建物。
邸内には、アカマツやウメ、モミジをはじめとする多くの樹木や、庭に面した一帯にスギゴケを植え、一部に水路を配し、その廻りに園路を巡らせた回遊式の日本庭園となっている。
6.成城学園 ロケーション
グーグルマップ
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