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着いたその日に仕事にありつく
「私はモントリオールのドチェスター ブールバードを歩いていた。一人の男が木を倒そうとしているのが目についた。私は考えた。(木を倒そうとしているからには、何か理由があるに違いない。それも建築に関係ありそうな)。
そこで私はゲイトを通り、知っている限りの言葉を並べてその理由を聞くと「この建物を壊して、もっと大きな家に建て直すんだよ」という。
私はオーナーの名前と住所を聞き出し、その足でオーナーに会いに行き、首尾よく窓とドアを取り外す仕事を貰うことが出来た。それは結構な大仕事でその週の終わりには何人かのカナダ人を雇っていた」(ナイマークの回想録)
幸運なことに着いたその日に仕事にありつくことが出来たのである。
次々と大きなログ建築を建て実績を作ったいく
若い頃からログビルダーとしての技術と経験を積み重ねていたナイマークは次々を大きなログハウスをてがけ、モントリオールで仕事の基礎を築いていく。
幸運にも恵まれたが、その幸運をもたらしたのは彼の並外れた行動力だった。
冒険心と野心に満ち溢れたこの青年は、8年後に世界一のログ・ビルディング「シャトー・モンテベーロ」の建設という壮大な仕事の総指揮をとり、見事に成し遂げ、建築の歴史にその名を刻むことになる。
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カナダでの ログビルスクール (中央に三浦) |
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ゲート前にて カナダ・スクールの生徒達 |
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メインダイニングで食事をとった |
ナイマーク氏に会えるはずだったが・・
当時ビクター・ナイマークは83歳、とっくに引退して、自分の人生に最も重要な意味をもつこの建物の近くに住み悠々自適の生活を送っていた。ログ・ビルディングの世界では今や伝説上の人物になろうとしているこの人に会えるとしたら、恐らくこれが最後のチャンスであろう。
シャトー・モンテベーロとはどんな建物か、どんな経過で建てられたのか?建築の過程を詳しく書いている「ビルディング・ザ・シャトー・モンテベーロ」という本がある。
この本を紐解きながら綴ってみよう。世界一のログハウス建設の壮大な物語を。
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ロビーの中心に大暖炉がそびえる |
![]() カナダで初めての先進国サミットが開かれた |
レーガン、サッチャー、日本の鈴木善幸他 |
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中央に見えるのが「シャトーモンテベーロ」 敷地面積は約6万5千エーカー(約8000万坪)。敷地の中には大小70の湖がある。 いかにもカナダらしいスケールだ |
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六角形のロビーから4方に宿泊棟が延びる。ロビーの中心に世界最大とも言われる暖炉が聳え立っている 手前にメインダイニングルーム、奥にボールルーム(ダンスルーム) |
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メインダイニングルーム |
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建物
シャトー・モンテベーロは三つの大きな建物からなっている。
○
ホテルとして使われている客室数200のログ・シャ トー、
○
従業員用宿舎のシダー・ホール
○そして150台収容可能な屋内駐車場である。
3棟の延べ床面積は3万6千?(約1万1千坪)にも及ぶ。
ログシャトー
ログ・シャトーは4層からなり、一階部分はコンクリート、その上に3層のログの壁が組まれている。
建物の中心部は六角形の大ドームになっていて、そ こから客室棟が4方向に翼を広げ、その客室棟にはさまれる形でメインダイニング、ダンスホール、映画館などがある。
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大暖炉が大黒柱となり、その先端に向かって 無数の丸太が組まれている |
中央の大ドームは太いログの柱と梁が複雑に組み合わされ、中心には六角形の高さ20mもの、恐らく世界一の巨大な暖炉が聳えたっている。
このドームに足を踏み入れた客は、まずこの暖炉を見上げ、驚嘆の声をあげ、大空間の迫力に圧倒される。
この六箇所の焚き口を持つ巨大な暖炉は、暖房の役目だけではなく、ドームの複雑な屋根構造を支える大黒柱として、構造的にも大切な役割を果たしている。
三つの建物の合計を、30坪程度の平均的なログの別荘に換算すると約400棟分に相当する規模を。
まだまだ機械力の未発達な時代。この頃は現在のログハウス作りに欠かせないチェーンソーもまだ登場していない。斧や他の手道具を使い、手作業で丸太を加工し組み立てなくてはならない。
与えられた期間はわずか4ヶ月。
この巨大プロジェクトに与えられた期間はわずか4ヶ月。その中でログの部分(壁、小屋組)は2ヶ月だけ。
若干29歳のビクター・ナイマークは、マスター・ビルダーとして800人ものビルダーの総指揮を取り、この壮大なログの城「シャトー・モンテベーロ」を、驚異的なスピードで造り上げる。